田岡博之建築設計事務所 HIROYUKI TAOKA ARCHITECTS
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武蔵野の風景に建つ
緑の多く残る武蔵野で親子二代に渡り受け継がれてきた二棟に並ぶアパート、その建て替え計画にあたり、二年をかけて敷地の環境を読み解いていった。解体前の半年は一室をお借りして事務所を移転し、空への広がりや土の庭の匂い、隣地間や道路の先に垣間見える往来や植樹林など、敷地を超えて広がる武蔵野の風景を感じながら計画を練った。
従前のアパートは単身向けであったが、数十年を経ての供給過多の状況、これからの多様な住まい方を考慮して、50m2程度4戸という単身から数人まで住み手の変化に長く応えることのできる構成を施主と共に検討し選択した。
配置計画はかつてのアパートと同じ分棟に近い形式とし、周囲の住宅の大きさに馴染ませながら環境をそのまま引き継いでいる。建物の外壁は、近隣の緑地内に残る昭和期の施設(浴恩館)を参考とし、草木の彩りが映え、季節や天候によって表情が変わる黒い小波のガルバリウムとしている。近くには「江戸の農家道」と呼ばれる直売所が並ぶ通りがあり、庭先で野菜を洗える水場とベンチをアプローチとなるこみちに設けた。こみちを奥へと進むと枝分かれするように各住戸の玄関に辿り着き、そのみちは玄関を通り抜けて庭へと続いている。
建蔽率から敷地の6割となる空地は建築以上に環境を左右する。総予算から先に外構費の予算を見込んでおいた。武蔵野古来の樹種に五感をたのしませてくれる種を織り交ぜつつ、土と石の地面をつくり、緑地としての環境形成を図っている。
敷地の中にも環境差があり特徴がある。4つの住戸は敷地内外に広がる武蔵野の風景の特徴と呼応するように、全てが異なるプランになっている。開口部はそれぞれの場所の環境に応じて設けられており、外観に並ぶ開口部の様相は周囲の環境を投影した姿でもある。住戸は間仕切りを使わず大きな間と小さな間の二つをメゾネット形式の階で分けることで部屋を構成している。各戸に設けたロフトは、リビングや庭を見下ろしたり、切り妻屋根に浮いたような床など、暮らしの幅を広げてくれる場所となる。
木造の集合住宅の懸念点となる住戸境がプランニングの段階で解消できるように接する面を極力少なくし、階段や水周り、吹抜けを介して居室が接することなく構成されている。界壁にはラワン合板を増張りし、遮音と経年変化の対応と共に現しにした柱梁との木表現のバランスも取っている。
A住戸は、玄関からキッチンを抜けて庭まで続く大きな土間を持ち、吹抜けが明るく陽を呼び込む。
B住戸は、庭に埋まるような視点の部屋から、富士山を臨む屋上テラスまで高さの変化に富んでいる。
C住戸は、庭木の梢と同じ2階レベルでリビングとテラスが繋がり、こみちに寄り添う家となっている。
D住戸は、こみちの一番奥にあり、玄関土間からリビングを抜けてデッキテラスまでがフラットに繋がる。
このどれもがお互いの環境を共有しながら、新たな武蔵野の風景をつくっている。
土地と人にゆったり流れる時間を繋ぐように、解体時に残しておいた既存の木製ガラス戸を各部屋で使い、庭石には施主の故郷の長野の石を配し、環境と記憶も継承していける建築となることを思いながら計画した。
「さくらこみち」という名前は施主の提案である。建物というものの名前ではなく玉川上水のさくら並木に繋がる「みち」という新しい場所ができたことを、最後に施主が自作でさくらの木彫看板をかけて形にして頂いた。
設計監理:田岡博之、高橋小百合
構造設計:mono 森永信行
施工:キューブワン・ハウジング 担当 小村幸治
造園:小林賢二アトリエ
写真:鈴木研一